第八話

作/松坂万三郎

青年部大河ドラマ「雨がザーザー」

大変、長らくお待たせしました。

あれから、どのくらい意識を失っていたのだろうか?
目をあけるとボャーと白い天井、壁が目に入ってきた。
目が、慣れるまでにだいぶ時間がかかった。
焦点がなかなか合わない。
それでもやっと目が慣れて辺りを見廻して見ると・・・
百合子が、心配そうな顔をしてこちらを見ているではないか!
頭が、少し痛むがだんだんと意識が戻ってきた。

ここは、市内の某病院であった。
学男は、長い夢を見ていた。たった一人で長い坂道を登っていた。
自問自答をしていた。自分の今までの人生はなんだったのだろうか?
これから、どこへ行こうとしているのか?
人生、折り返しの年齢・・・・
いったい何が出来てどうなるのだろうか?

かたわらで、百合子が安心した様に微笑んでいた。
話を聞いてみると、3日3晩、意識を失っていた。
とのことで、救急車を呼んでくれたそうだ!
百合子は、ホッ!とした様に言った。
でも、詳しいことは話そうとしない。
学男は、体の痛み、頭の痛みを感じていた。
当分の入院が必要であった。

百合子は、それからチョクチョク病院へ顔を出してくれるようになった。
学男は、ベットの中で夢の続きを考えていた。
どうせ、死んだかもしれない命だ。
これから、どう生きようか?
人の為になることもどうせならやってみたい。
中村天風の金言を思い出していた。
今まで、培ってきた経験・・・・
生かされるとは、なんだろう?
ふるさと府中・郷土の為になることは・・・さびしくなっている府中・・・
何かを変えていかなければいけない!
一番は、やはり政治だろう!
学男は、市会へ出る決心をした。

体の方も回復して、退院できるまでになった。
見舞いに来てくれる百合子や先輩たちへも胸の内を話すと、頭を打っておかしくなっ
たのかと言われたり、またそういう顔をされた。
でも、学男の決心は、変わらなかった。
学男は、退院後、体をならして行動に移した。
初めてで、何をしたらいいのか?わからなかったが?
まず、再確認で府中の町を知ろう。
一人でも多くの人と会おうと、コツコツと廻り出した。
そうして行く内に、バカにしていた先輩たちも協力を申し出てくれてり、支援の輪が
徐々に広がっていった。
いくつものハードルを乗り越えて、若さと期待感だろうか・・
好成績で当選した。
しばらくすると、各市議の会派から熱心なお誘いがあった。
まずは、派閥作りである。
ここで、考え込んでしまった。
安易に、組みすることは今後の活動にいろいろな弊害が出てしまう。
今回、新人が多かったこともあり、新人での呼びかけからはじめた。
賛同する者が多く、新人で会派が組めるほどになった。が
議長選出までは、新人会派でやったが、副議長選になると、バラけてしまった!
大変悩んだが、新しい会派「自由」「フリー」に他してしばられることのないという
ことで、新しい会派に組みすることになった。
あとになっても思うのだが、この会派がいろんな事で弊害になっている。
もともと市民ひとり一人の代表であるのだから、与党だとか会派で左右されるのでは
なくて、おのおのの議案に対して賛否・是々非々でなくてはならない。
こんなものいらないで、各議員一人ひとりの個室か、全員一同の室であってもいいと
思っている!

内に入って見ると、習慣や何やかやで変に遅れているところである。
電話は市外へ掛けられない。


IT、e−JAPAN、電子政府といわれながら、一番遅れているのは、市の内部であ
ろう。
市議になって、3つの誓いを立てた!
1つ目は、人前であまり話す機会がなかったので、定例議会でと(一般質問)全会登
壇して、発言することとした。
一番最初は、武者震い?(足が震えた)が場数、会数をふむごとに、イチローではな
いが、毎安打、ホームラン、ヒット、三振は別として立っている。
おかげで少しはまともに聞けるようになったかな?
2つ目は、毎月1回第2木曜日19時〜の木曜会、報告会、及び意見交換をへたなり
に続けている。
3つ目は、街頭挨拶である。
1日と15日、駅前へ午前7時30分〜8時30分頃まで、交通安全を兼ねて立って
いる。
この3点は今の所、目標通り、まずは行っている。
ここまで色々なことがあったが、議会でのチェック機能はイマイチである。
今年、2001年、平成13年3月議会では、元町(桜ヶ丘団地)を市が丸抱えして
しまった。
総事業費、80億円強、下水、水道、道路、市で工事費を出し、坪単価を下げて、組
合施工で市へは迷惑をかけないといっておきながら管理法人を立ち上げて、市民一人
あたりの人口割で6万円強の負担を負わせてしまった。
市民のお詫びだけではすまない問題である。
この負の資産は、今後ボディーブローとして、市の財政に響いてくることは、恐らく
疑う余地がないだろう。
この議会に対して、修正案(団地予算を削る予算)を出しました。
(詳しくはホームページを参照してください)

H13年3月議会は、府中市議会の歴史に議長の名前と共に残ることでしょう。
あの時の判断が、正しかったかどうかは、5年後、10年後にはわかることでしょ
う。
是々非々、正しいものは強くあれ。
学男は、胸にして秘めていくのであった。(続く)
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この続きは、田中一真先輩にお願いします。(松万マンより)

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